「私は偏差値が65。アホな人たちとは一緒にやれない」という失礼な気位

画像 数年前まで、新卒採用の面接解禁が3月だったので、4月学期が始まり、その結果が見えてくるというふうだったが、安倍が大学生に勉強をしてもらうという、わけのわからぬ理由で、太鼓持ちの榊原が決めた6月解禁となり、ここ2,3年、6月は、4年生のテンションが最悪となる。

 しかしながら、33年、ここに勤めていると、いくつも決まっていく学生と、たぶん全部だめだろうという学生が見えてしまう。すぐにどうしようかと相談してくる学生と、自分を見つめ直し道を拓いていく学生も、概ね見えてしまう。これは、1年生春学期の過ごし方でほぼ決まってしまうと私は断定できる。家庭教師や塾教師など「先生」などと呼ばれるアルバイトではなく、いろいろな経歴の、そしていろいろな年齢の人たちの働くところでアルバイトをする必要が絶対にある。同じような進学校からの学生だけしか知らない病、先生に甘え病、親に甘え病を完全に治療する必要がある。

 困ったら、誰かが教えてくれる。何かしたら、褒めてもらえる。そういう育ち方をしてきている子は、気位だけ高く、自分の位置が見えないままで、生きて行く見通しをたてるのが難しい。高校のときスポーツで大いに頑張ったが3年の最終勝負で負けた経験や、凌ぎを削って勉強で競い合った経験がなく、ただ偏差値が65以上あればよいという育ち方をしてきただけの子は先を見透す力がない。就職活動などで言われる、いわゆる「自己分析」などということ以前の問題である。1年生のときに、そういう育ち方を断ち切っていないと生きていくのが難しい。

 20代前半、何でもできそうで、実はもう難しい。今までできなかったっことは、これからもさほどできるようになることはない。学校教育もあるが、育ってくるプロセスでの大人の側の関わり方に問題を感じる。子の学習障碍、発達障碍というより、親と先生の側の育て方障碍が多々あると感じる。これは、もう治しようがない。

 相談を受けて、答えること。「俺は、30歳まで定職がなかったし、だから老齢基礎年金は標準より25%少ない」「何かしたいと思うなら、自衛隊か、あるいは清掃業者、さらにはそれらに関連する現業業者にアルバイトで入ってみたらよい。それも誰でも入れるわけではないが、入ったら、いろいろな人がいて、世の中の見え方が変わるよ」と。することは、「『私は偏差値が高い。偏差値の低い学校の人たちとは一緒にやれない』という失礼かつ愚劣な気位を徹底的に壊すことだ」と。「偏差値」などというは、極東のはずれの島国でしか通用しない特殊尺度だ。どういう統計学的意味があるかも知らず、ただただ妄信している民族は、日本人だけだ。

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