「オープン教育センターおよびメディアネットワークセンター改組の件」への意見

画像1.基本哲学について

1) 構えについて グローバル化への対応、ポスト・メディアネットワークの時代への対応ということであれば、強いリーダーシップと、短いタイムスパンで、各期の成果を積み上げていくことが強く求められる。一番気になるのは、これを果たして、現在の担当理事、教務部長はやりぬく才覚と勇気を持っているのかどうかということである。
 今回の合併の基本趣旨を貫徹するためには、何よりも担当理事→教務部長→グローバルエデュケーションなるセンターの軸が簡単明瞭なトップダウンの指揮系統でまとめあげられていることが不可欠である。これまでの早稲田大学が馬鹿だ大学であり続けてきた、かの伝統の「管理委員会」 を作り、そこに口を出したい、手当が欲しい、本部役職者渡り教員を混ぜ、また管理職手当と大学年金受給額増、退職金増だけで生きている水ぶくれ管理職員層を混ぜて、時間だけ浪費し、アリバイ作りをし、失敗したときに誰の責任かわからないように保険をかけて行っていく委員会などでは、間違えなく学生のためにも、大学の将来のためにも何の成果も得られぬであろうし、犯罪的でもある。

 入学してくる学生の大部分は4年しか在学しない。導入教育で受益するのは、そのうちのほんの1年ほどである。この彼ら彼女らの限られた貴重な人生の時間の過ごし方に、早稲田大学は全身全霊をかけて応えなければならない。そのためには、上のシンプルなラインと、そのもとに、アイデアに富み、体力あり、知的魅力あり、研究者としても最高に優れた教員スタッフを配置して、システムを動かしていくということに情熱を捧げることができる担当理事、教務部長、センタースタッフだけしかやることのできないタスクである。1年、2年、4年、最終6年の目標を立て邁進することが肝要である。

2) 組織論について メディアネットワークセンターと、オープン教育センターとの統合ということであるが、私は遠隔教育センターも含め、さらには各学部配当の1年生配当諸科目についても一定の統合をしていく必要もあると考えている 。
 大学が、歴史的知識とその読み方作法に執着する、そのアナログ型教員の知識披瀝型教授法から、インターネットをつうじて即座に、その種のアナログ知識を瞬時に習得できる環境に置かれている現代人への「教育」へ、と急激に変化せざるをえない時代にあることを肝に銘じる必要がある。

 これまでの、学部から「オープン化」への寄与というただそれだけの、例えば旧第一、第二文学部が主に行ってきた「オープン化への貢献」という本部へのアリバイ的な科目提供は、その内容(講義の内容、質、受講者数等)を精査し全学的に科目存廃の指針を明確化するための、分析対象データとし、これまでの「オープン化」の意味を、全面的に変更せねばならないであろう。
メディアネットワークセンターとオープン教育センターの統合だけでは、おそらく不十分であり、遠隔教育センターも統合させて、主に講義科目のオンデマンド化、全学学生の受講可能性、さらに対社会的公開性も急速に高めていく必要がある。

 むこう20年を考えれば、欧米のトップ大学が、いわゆる欧米についての「歴史的・社会的」知識にかかわる講義コンテンツについて、徹底的なオープン化をしていくことになるであろうし、すでにそれは始まっているのであるから、明治以来の、かのアルファベットを日本語に置き換え、日本語で教え、日本語でレポートを書かせ、日本語の学会で日本語の雑誌で欧米について議論し、日本人の査読委員から日本語の査読評価を受け、査読論文の本数が何本になったと、ほくそ笑み、さらには日本語だけを話す学会理事で偉くなるという、西洋歴史、西洋輸入社会科学の存立の意味は遠からず無となろう。

 この虚無へと至る道に、学生を導き、無為な再生産をし続けるのは犯罪的でさえある。欧米に関わるアナログ型歴史知識・社会科学知識の教授者の数は、数値目標を立てて減少させていくことが必要であり、それに変えて、英語を軸に、その他の外国語の能力を入学間もない時期から、集中的に教育し、海外の大学院に学びにいく動機づけを行い能力向上に寄与する教育が不可欠である。

 日本語で、欧米に関わるアナログ型知識提供をする部門は、全学の1,2年生を対象に、大規模なオンデマンド授業を設置していくことが最良である。これは、何学部に属しているかという問題ではなく、理工系から文学系まですべてにわたって必要最低限のアナログ知識を提供するという形式に変化させるということである。オンデマンド授業よりも、対面授業が優れているという、やったことのない「今までの自分にだけ」凝り固まったままの教員はすぐに口にするが、アーカイブ機能による繰り返し受講の効果、e-bookによる教科書の威力、各回課題添削による効果など、講義としては教室対面よりも圧倒的に存在意味があり、さらにセメスター制度にこだわらず、学生が選択により進度調節を行い、週2回(場合によってはさらに多く受講可能であり)クォーター、ハーフクォーター内で受講完了することも技術的に容易であり、若い時代に多くのことを体験せねばならない学生には、重要なツールである。この意味でも、遠隔教育センターは「時間圧縮センター」の意味もあり、統合すべき一要素として、さらにはそこの官僚組織をスリム化することにもつながる。このセンターの統合は、効果的に、最低限不可欠なアナログ知識提供に寄与することになろう 。

 他方で、日本文学、日本史、アジア史を軸に、早稲田大学が世界にトップとして提供できるアナログ的歴史・社会科学的知識を軸に、欧米のトップ大学が行うように、早稲田発世界への遠隔教育を行い、世界の学生の関心を、日本、アジア研究に向けさせる必要があろう。このためにも、担当理事→教務部長→グローバルエデュケーションなるセンターの軸には、遠隔教育の要素が不可欠である。

 昨今の東アジアの19世紀的ナショナリズムの再来を見ると、理工系のみならず、人文系、社会科学系において早稲田大学が寄与せねばならないこと、できることは多々あるし、その責任履行は急務のはずである。そのためにも、蘊蓄だらけの管理委員会や、そもそも教務課長で用を足せる、必要もない教務部事務部長などは廃止して、トップダウンの教育を実践していく、その試金石として新センター展開は位置づける必要があろう。
そうした果断な実践を見せてくれるのであれば、個人研究費の全廃、給与の削減も歴史的意味のあることである。

 聞く限りでは、新センターの軸は、英語、数学、統計学、コンピュータということだそうだが、社会統計学や統計計算ソフトにもかかわるひとりとして言っておきたいのは、英語のみならず、どの科目についても英語で教授することが不可欠であり、そういう教員が求められる。日本のいわゆる「社会調査士」のようないかがわしい資格ではなく、英語の世界に接し続けるということが何よりも重要である。

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