日本社会学史学会大会

 画像大学院生になったとき、社会学とは何かをもっと体系的に知りたいと思い、この学会に入った。たいへん可愛がられたこともあり、ほぼ毎年のように報告をしてきた。たまたまいろいろな幸運もあって、ずいぶん早くに専任教員になることができた。おそらくそこで可愛がられたことも、そのひとつであったのであろう。

 ただ、そのうちに「社会学」というものそのものに、何やら胡散臭さを感じて、さらにオーギュスト・コントにこれが始まるという、ただそのひとつの歴史を信じているところに、ますますついて行けなくなり、世紀が変わる頃から、これまたたまたま別の学会の大会と重なることもあり、さらに勤め先の学部が変わり、社会学プロパーではなくなり、またちょうど春学期のゼミ合宿とも重なり、ずいぶんご無沙汰になってしまっていた。

 もっと言えば、大学の学部3年生、社会学に出会った時、生涯の先生となった丹下隆一先生がお持ちの Le règles de la méthode sociologique を目にして、これくらい読まないとわからないのだなと納得した、あの想いが今もそのまま焼き付いており、大学院入試などで「コントの三段階の法則を述べよ・・・」と臆面もなく出題する同僚たちを見ると、読んだこともないくせに、よく提案できるなと思ってしまう、痴の衒学が社会学となってしまったこともある。そんな水準の先生のもとで学んだ人の学史の報告など聴いているこちら恥ずかしくもなってしまうのであった。懇親会で、さる人曰く、今やDurkheimの専門家と称する人たちも英文テキストで議論しているとか。

 昨年、もうあまりに幽霊会員であるので、ここらで踏ん切りをつけて退会しようと届けを出したら、ちょっと待てと言われ、気がついたら、誰が手配をしたのか知らぬが、理事にされてしまった。これなら幽霊会員のままにしておけばよかったとも思ったが、ずいぶん久しぶりに大会初日だけ、二日目はすでに先約があったので、参加した。おまけに司会まですることになったのである。

 社会学、さて、このまだ学問の体裁があるように思うとしているそれと、私はどうつきあうべきか。私が、どう変わるべきか? 昔お世話になった先生から、優しくそして大いに説教されながら、悪酔いしつつ帰ってきたのであった。翌日、二日酔いが残る体で、等々力の陸上競技場に行くことになった。さすがにへとへとの土日となった。

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