大学3年生後半になったら、もう遅い

画像 日本の社会は、いつまでたっても、そしてこれからもおそらくずーーと、一斉卒業、一斉就職の、この愚かな慣習を守り続けるであろう。大学生も3年の冬を過ぎると、頭の中は就職のことだけになる。1992年以来、大学自由化と称して、とにかく四年制大学を作りまくった。「大学全入時代」と称するが、大学の質などどうでもよい。とにかく器だけあればよいということでやってきた。そして、就職はと言えば、大学名、学部名で区別してはならない。それはそうだが、実際にはそうはなっていないであろう。18歳人口が減少するものの、大学生数だけは増えて、結局、大卒の就職状況は、いつまでも「冬の時代」。こんなふうになるのは、わかっているのに、大学設置を許容する官庁は、「自由化」「自由化」でやってきた。この罪は大きい。大学生の就職難というのは、景気が悪いということだけに起因するものではない。文部政策の誤りであり、設置審査がゆるゆるだということである。

 大学生諸君、3年生のクリスマスの頃には、もう気持ちが「就職」ということになる。あるいは「進学」ということになる。まわりも、そういう話題しかなくなっていくのが、この日本の社会である。

 大学1年生、大学に慣れたら、大いにアルバイトをして、というのも世界のどこよりも授業が楽なのが日本の大学、好きな授業、役に立ちそうな授業に集中して、夏休みは海外や日本の知らないところを歩き回るのがよい。語学留学などというのもあるが、行ってみたら日本人ばかりというところは、まったく意味もない。冒険をする必要がある。そして、本をたくさん読む必要がある。好きか嫌いかもわからないのが、大学生の読書。携帯を一度ぶっこわして、ひとりの時間を作ってみる必要もあろう。

 2年生1年間と3年生のクリスマス前までの2年近くが最も大切な時間。好きなことをやって、力をつける必要がある。これなくしては生きていけない。とくに文化系の学部であればあるだけ、外国語をはじめ日本語で文章を書いていく力を養う必要がある。会話と称して、ただ口から日常生活最低限のことだけ口走っている程度なら誰でもできるようになる。そんなことはたいしたことではない。新聞をよく読むとか、ABCニュースを毎日必ず細かく観るとか、やることはたくさんある。

 こういうことは3年生も夏頃になって気がついても、それはあとの祭りで、後悔のみが残っていよう。大学院へ行って研究者、学者になろうというのであれば、こうした基礎的な素養と、体力は絶対不可欠であろう。公務員試験を落ちたから大学院、就職試験がうまくいかないから大学院という道、そんなものはない。そう思うとしたら、もう世の中が見えていないということの証拠である。

 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス